なぜいま、「お見合い」なのか?
カゼミチはなぜ「お見合い」にこだわるのでしょうか。
ネット時代にふさわしい「コンピュータ検索」でもなければ、気軽で楽しげな「婚活パーティ」でもない、いかにも古風な「お見合い」を採用し続けるのには、もちろん理由があります。
たとえば、インターネットで条件を入力して相手を探す「コンピュータ検索」。
時間も場所も選ばず、人すら介さずに全国から選ぶことができますが、「45歳まで」と入力すれば46歳の人と出会うことはなく、「身長170cm以上」と入力すれば169cmの人と出会うことはありません。
そこに本質的な差はないにもかかわらず、杓子定規なフィルタリングが出会いの機会を減らすことになるのです。
あるいは、一度に大勢の相手と出会える「婚活パーティ」。
一見とても効率がよさそうですが、パーティ形式では数分ごとに席を変えて別の相手と話すことになります。そんなせわしない対面で相手を選ぶ(相手に選ばれる)となれば、好条件の人に一極集中するだけでしょう。
これらはいずれも、条件が大きくものを言うタイプの婚活です。
人生のパートナーを選ぶのに、条件一辺倒でいいのか。人柄や相性を見極める機会もない、そんな出会いでいいのか。
カゼミチは、こうした自問自答を経て、「お見合い」という形式を採るに至りました。
「お見合い」において最も重要なのは仲人の存在です。当事者たちのあいだに立ち、ときには接着剤になり、ときには緩衝材となって、二人の仲を取り持つ仲人こそ、条件偏重を克服するキーパーソンです。
人と人をつなげるのは結局、人しかないのです。
ひとつひとつの出会いを大切にしたいいまこそ、「お見合い」なのではないでしょうか。