愛ってなんだろう?

 

「愛することを学びたい。保証のない愛を学んでいる最中です。」
数日前、友人から届いたメールの一文です。

いい恋愛をしているのでしょうね。
実は彼女、カゼミチカウンセラーOBです。さすがですね〜!(笑)
私はちょうど、そろそろブログ担当だけど何を書こう?と考えていたところだったのですが、なかなかに深いテーマを与えてくれました。

「愛ってなんだろう??」

UNDEF

彼女の、「保証のない愛」と言う言葉。
本人が具体的にどんな思いでこの言葉を使ったのかはわからないけれど、私は個人的に、自分自身が若い頃「結婚願望はない!」とよく言い張っていたことを思い出しました。
それが今結婚相談所で仕事をしているなんておかしな感じがしますが、決して恋愛や好きな人と一緒に暮らすことに対して消極的な考えだったわけではなくて、ただ「未来の気持ちを契約するなんておかしい」と考えていたんです。契約で縛ってまで一緒にいる必要があるのか、と。
もしかしたら元カウンセラーの彼女も、同じようなことをいま考えているのかなあ、なんて思ったわけです。

また私の話に戻ってしまいますが、もちろん好きになった人を、できればずっと愛していたいし愛されていたい。その状態が維持でき、その結果として一生を共にするのはステキだと思うけれど、そんなことは約束できる(させる)ことじゃないって思っていました。
また、万が一どちらかの愛が冷めてしまったなら、それでも一緒にいるのはどちらにとっても不健全だ、とも。
冷めた子供でしたね(笑)

今でもそのあたりの感覚は基本的には変わっていません。
カゼミチを成婚退会されたご夫婦や、私的な友人や親戚の夫婦達が、「結婚という契約をしたから」ではなくて、「好き」「一緒にいたい」の連続として能動的に、夫婦生活を続けていかれるといいなあ、と心から思います。
そして、そんな願いや思いの「しるし」としての結婚、というふうに考えることもできるのかな、と今は少しやわらかい考え方ができるようになりました。

それはそうと、日本語でいうこの「愛」という概念ですが、ギリシャ語ではそれぞれに違う意味を持つ四つの言葉で表すって知っていましたか?
それは、「アガペ」、「ストルゲー」、「フィリア」、「エロス」という四語です。

まず「アガペ」。私は子供の頃これを「無私の愛」と教わりましたが、インターネットで調べると大抵のところで「無償の愛」とでてきますね。
ちなみに辞書で調べると、
「無私」は、『私的な感情にとらわれたり、利害の計算をしたりしないこと。私心がないこと』、
「無償」は、『報酬のないこと。また、報酬を求めないこと』、だそうです。
やっぱり「無私の愛」のほうが個人的にはしっくりきます。まあ、見返りを求めない大きな愛といったところでしょうか。

「ストルゲー」は家族愛、「フィリア」は隣人愛、「エロス」は男女の愛です。

私 の個人的なイメージになってしまいますが、「エロス」はドキドキしたりキュンキュンしたりすることから発展していくいわゆる「恋」、「フィリア」と「スト ルゲー」は「情」、「アガペ」はもうその人の知性とか人間性とか生き様とか哲学とかそういう世界になっていく気がするのですが、無理をしてひとことで言う なら「静かで大きな愛という悟り」という感じがします。

「エロス」で始まり、「フィリア」と「ストルゲー」を通過し、その三つの愛も失わぬまま「アガペ」へ到達する、なんて関係が築けたら、もう最高ですね!