『生きて帰ってきた男』

何十年ぶりの大寒波ということで、岡山もキンと冷えましたね。快晴の日中に雪がちらつく不思議な数日間でした。

非日常的なタイミングでの読書というのは印象に残るもので、ちょうど寒波のときに読んでいた本も、例にもれず印象深いものでした。今回はその本を紹介しようと思います。

『生きて帰ってきた男』(小熊英二、岩波新書、2015)

シベリア抑留経験者に聞き取りを行なったノンフィクション、と言えば、主人公はインテリか特権的な軍人というのが相場ですが、この本の主人公は正真正銘の庶民といっていい人物です。

彼はシベリアから帰国後、転職を繰り返しつつ、どうにか戦後の日本を生きていきます。といって、高度成長の波に乗るような人生を生きたわけでもなければ、時代性と無縁の傍流を生きたわけでもありません。彼はそのどちらともつかない「庶民的なるもの」を体現します。

そんな主人公が、ひょんなことから戦後補償裁判に関わることになりますが、あくまで庶民の実感が行動につながったようなもので、「『日系日本人元捕虜』と、『朝鮮系中国人元捕虜』が、保守系のアジア主義者たちに支援されて裁判をおこす」という、珍道中の様相を呈するにいたります。

さて、そんな本ですが、ちょっと先を急いでページをめくったのは、主人公の結婚話が出てきたあたり。

あまり条件がいいとは言えない主人公が、どのようにして結婚したのか、結婚相談所の人間でなくても気になるところです(彼の未来の息子がこの本を書くことになる、という意味でも気になりますが)。

しかし、肝心の記述はいたって淡白です。

主人公は2回お見合いをし(誰がセッティングしたのでしょうか)、1回目は自分から断り、2回目は相手に断られた(それぞれどんな気持ちだったのでしょうか)、妹に紹介された女性と結婚したが、これは妹を含めた三者の利害が一致したため、という色つやのないもの。

恋愛要素が見当たらず、好条件ということもない、しいて言うなら、各々の肉親に対する配慮から成立したような結婚です。現代人には新鮮かもしれませんね。個人的にも、恋愛かお見合いか、好感情か好条件か、という大雑把な二択にとらわれていた自分に気づくことになりました。

婚活をテーマとする本ではありませんが、どんな視点から読んでも読み応えのある好著です。機会があればぜひどうぞ。